記者ポッポ

 

1496号記者ポッポ

一ドル三六〇円と云う時代は今から見ればとてつもなく円が安かった。つまりは日本と云う国の値が安かった。オキュパイド・ジャパン製品は取りあえず玩具で輸出を再開した。敗戦まもない頃だから細々とだ。《憧れのハワイ航路》と云う歌が流行した頃、ハワイ旅行はまさに憧れで、庶民には実現不可能な出来事。軍用機はもちろん、飛行機など製造禁止の時代。夢や希望や憧れでも飛行機などもっての外。船旅にしておけとGHQのお達っしでもあったのだろうか。ゼロ戦への恐怖が連合国側に瘧のように甦えるのか。円安、つまり国が安ければ輸入品は高くなる道理だ。外国から輸入された品は舶来品と呼んで高額品の代名詞となった。肉など鶏だ牛だと選べる訳もなく、カレーライスに肉が入ればご馳走となる。今は学校帰りに学生が牛丼を食べる時代。円高天国とは云わないまでも円高悲観論はいかがなものか。

1495号記者ポッポ

風呂でシャワーを浴びていて排水口付近になめくじが這っているのを見つけた。思わず知らず仰け反った。目鼻立ちのハッキリしない生きものはどうにも気味悪い。じゃあ自分のことはどうなんだと疑問に思う向きもあるだろう。自分のことはさておいて、ぬめぬめと粘液におおわれた円筒型の体表をタイルの上に這わせている。どうやら二本の触角部分に目があるらしいがその表情を読みとることは出来ない。風呂場は台所でないので食塩などの調味料は常備していない。こうなればシャワーの泡攻撃だあ。リンスの泡ではどうだあ。波状攻撃の後、撃ち方やめの体勢で敵の様子をうかがうと多少は縮んだようだ。なめくじに怨みはないが生理的に嫌いなものは仕方ない。このなめくじの一生は果たして幸せだったのだろうか。雌雄同体で家族はあったのか。彼岸も近い。思えば無益な殺生だったかもしれない…。

1494号記者ポッポ

懐かしいなぁ。「夏休み課題図書読書感想文」と云う文言。読みたけりゃ黙って読めばいい訳で最早や読書感想文を書く齢でもない。ましてや読み終わってもいない本についてアレコレ述べるのはおこがましくもあるが。お盆休みに読もうとルイス・フロイスの「日本史」完訳本全12巻のうち5巻ほど買い求めていた。日本史と云ってもそれはフロイス来日当時の1549年から亡くなった1597年までの記録である。その滞在期間には京都や大坂で信長や秀吉に謁見した感想を素直に記している。信長や秀吉に関連した資料としては「信長公記」や「甫庵太閤記」「川角太閤記」などが比較的信頼性が高いとされている。ポルトガル人のフロイスの記録も一級の歴史資料と云えるのだが、なにぶんにも常日頃、血湧き肉躍る痛快娯楽小説を読みなれている身には読解力不足で何ともページが進まないのだ…。

1493号記者ポッポ

半月にも及ぶスポーツの祭典夏季五輪が閉幕した。この間は新聞もTVもほぼオリンピック一色で世界が平和な証しと見ていいのだろうか。民放各局アナウンサーも腕の見せどころとばかりに気合を入れて実況する。思い入れが強すぎて「何もそこまで感情移入しなくても…」と云うアナウンサーもいた。今から80年前のベルリン五輪、河西アナウンサーの応援実況《前畑がんばれ》を想起してしまう。あの当時は世界が国威発揚の場として五輪に臨んでいた。日本も例外ではなく軍靴の響きヒタヒタと迫る暗黒時代がすぐそこまで来ていた。声質もあるのか耳に心地好い解説だったのはマラソン出身の増田明美さんだ。抜群の取材能力で収集した情報は聴いていてうっとりしてしまうほど。競技とは関係なく適宜入れてくる情報は微笑ましくもありメダル一辺倒ではない楽しさを伝える才能は天性のものだろう。

1492号記者ポッポ

卓球をTV観戦していると対戦国がドイツだろうがポーランドだろうが今や相手選手の容貌にヨーロッパ人の特長は見い出せない。ピノキオのように隆起した鼻と濃い眉のすぐ下にハッキリクッキリの二重瞼、キリリと引き締まった口元からは輝くように白い便器を想起させる歯…。子供の頃、想像していたヨーロッパ人像はどこにもない。特に女子ドイツ戦に出場してきた選手は、ほぼどいつもこいつもドイツ人じゃない。普段から自分を含めて見馴れている平べったい顔ばかりのアジア人だ。これではアジア選手権を見ているようなもので、早晩欧米至上主義者の圧力かかり五輪種目から外れる懸念も。真相は、人材豊富な中国から代表枠に加われない実力選手が世界各国に帰化している運動華僑である。かつては日本代表にも存在したが、おかげで日本選手のレベルアップに貢献したわけだから文句も云えないが…。

1491号記者ポッポ

小学校高学年の頃だろうか。今では遠い記憶の彼方に途切れとぎれに甦ってくる。授業中、横山大観描くところの『無我』解説で、教師が「この絵の童子、何か君に似てるな」と記者を名指ししてきたのだ。(困るんだよなぁ。クラスの前で仇名の要因となるようなことを云ってくれては…)無我とは仏教用語の諸法無我から来ており、世の無常に己の存在を否定する意味から大観は幼児の天真爛漫な姿で表現したと識るのはずっと後年。小学生にはその絵すがたしか伝わらない。その後しばらくの間、クラスでの呼び名は「ムガちゃん」だった。幼少期のことで当然容姿も成長過程にあり、今のように美事に整う以前の状態である。じゃあ成長して容姿が美事に整ったと云う判断は一体誰が下すのか。もとより容姿を売りものにする商売でない以上、あくまでもそれは自己判断しかない。それで世の中成り立つ商売もある。

1490号記者ポッポ

土用丑の日にうなぎを食べよう! というキャッチコピーを考案したのは江戸中期の本草学者、平賀源内。長崎に留学、医学・蘭学を学びながら文字通り溢れる才能は、それだけで収まらず南蛮わたりの知識駆使して寒暖計、エレキテル作ってみせた。他に鉱山開発、油絵、浄瑠璃作者と七つの顔の多羅尾伴内どころの騒ぎではなく、主に寝て起きたらあとは食べるだけの身にはちょっと想像つかない。過ぎたるは及ばざるが如しの例え通り横溢する才能は気味悪いと見られたか世の人々に迎えられず生活は次第に荒れてゆく。やがて傷害事件の加害者として伝馬町牢獄につながれ哀れ天才から罪人の身に。獄内で破傷風を発症してあっけなくこの世を去る。その生涯は僅か五十と一年だった。当方、凡俗で良かったと波乱に満ちた天才に想いを馳せながら(たまにはうなぎでも食べてみるか…)と独りつぶやいてみる。

 

1488号記者ポッポ

きょう16日は《勤労青少年の日》らしい。カレンダーを眺めていて初めて知った。今のところ《勤労感謝の日》のように祝日休日扱いする予定は当局になさそうだ。7、8月に祝日を設けても学生は夏休みの時期でさ程ありがたみはない。いやいや、若い戦力は貴重だが、働く中高年にも何ほどかのご褒美をと考えてくれたのかお盆の時期に合わせるように8月11日《山の日》祝日とカレンダーにあった。どうやら、超党派の「山の日」制定議員連盟が決めて、その後解散したようだ。先行して《海の日》があったのだから《山の日》があってもいいじゃないか。何か問題でもと関係者は答えるだろうから敢えて尋ねない。「国破れて山河あり」と云うくらいだから《山》とくれば《河の日》もいずれ候補に挙がってくるのだろう。近い将来、人間に代わってロボットが活躍するようになればやがて日本は休日だらけに。

1487号記者ポッポ

《幸吉はもうすっかり疲れきってしまい走れません》と遺書を残して死んだマラソンの円谷幸吉選手。亡くなっておよそ半世紀。64年の東京五輪では寺沢、君原に次ぐ三番手扱いでの銅メダルは快挙だった。それだけに68年メキシコ五輪への国民の期待は高く日の丸の重圧感が円谷選手にのしかかった。当時と今では選手の五輪に対する考え方も大分変わってきている。もうすぐリオ五輪だが、プロの選手は参加にさほど積極的ではない。とくにゴルフやテニス競技で参加辞退が相次いでいる。ジカ熱や不安な治安状況を理由にあげているが果たしてそれだけか。五輪でメダルの栄誉を得てもそれだけで飯は喰っていけない。ツアーで得られる賞金と比べたらその報奨金は微々たるものだ。怪我でもしてその後の選手生命を棒に振るようなことになったら生活の面倒は誰がみてくれるのかと云った計算がありはしまいか。

1486号記者ポッポ

遠く英国で行われた国民投票の結果に世界が揺れている。ボーダーレス社会とは云え、EU残留離脱で何がどうしてどうなるのかなど正直わからない。円高で輸出企業ピンチなどと云われても、円安の時、何かおこぼれがあっただろうか。英国で気がかりなのはウインブルドンの錦織だ。やれ腰が痛い足が痛い脇腹痛いで五体満足の時がない。プロの選手とはそういうものだとはよく聞くが、こんなにもシーズンオフのない競技も珍しい。次から次へとツアー日程が組まれて選手は体をケアする時間もない。一企業なら過重労働でブラックの謗りを免れまい。五、六年前、二〇歳前後で全米グランドスラムを制覇し、将来を嘱望されたアルゼンチンの選手は手首を酷使の挙句、負傷。大手術を経てカムバックしたが昔の輝きは取り戻せず、今となっては名前すら思い出せない…。痛くなったらすぐセデス、いやヤスムに限る。

1485号記者ポッポ

イチロー選手が日米通算でピート・ローズのメジャー最多安打数4256本を超えた。身の丈を少々超えた辺りの記録なら人間「ほう、大したものだ。見上げたものだ」となるが、それを遥かに凌ぎ銀河系の彼方まで届く記録は逆に実感が湧かない。狐につままれたような記録に、米メディア、ファンともに出来ればスルーしておきたいのだろう。今でこそメジャー最多安打は野球賭博で晩節を汚したローズだが、それ以前は米野球史に燦然と輝く球聖タイ・カッブだった。カッブはベーブ・ルースやゲーリックと並ぶ歴史上の選手だが、ローズはまだ新しいせいか歴史上の選手だと云う実感はない。以前、ローズが日本に来て記者会見を開いたとき記者もその場にいた。「王選手のホームラン数は何本だ?」と記者たちに逆取材してきた。サービス精神のつもりだったのだろうが誰もそれに答える記者はいなかったのを思い出す。

1484号記者ポッポ

今後30年以内に震度6弱以上で揺れる確率予想が発表され、県庁所在地では千葉市が85㌫の高い数値を示した。都道府県庁所在地でトップの確率ですと云われても、こればっかりは県民として誇らしくもないし、ありがたくもない順位だ偉い学者先生方で構成されている地震調査委員会発表だ。地震に備える心構えは必要だが、熊本は2年前も今回も確率7㌫台の低い数値なのはどうしたことか。計算ではこの数値は4、500年に1度の確率の筈だ。信用ならないと云うか信用したくない所以だ。幕末期、「江戸と北京」探訪記を著した英国のR・フォーチュンは回向院と云う寺の由来を知り地震の多さに恐怖した。〈18世紀末、雲仙岳が噴火。その一ヶ月後には九州の島全体が揺れた…〉と記している。本当に九州全体が揺れる程の地震があったのかはともかく、体感として当時の人々が後世に語り伝えたのだろう。

1483号記者ポッポ

鞄は肩に担ぐタイプのものを使用するので、重さはさ程苦にならない。米俵のような重いものもこの齢まで担いだことがないから、強力無双とはおよそ縁がない。貧弱な体型も馴れれば気にならなくなる。握力は標準を維持していたが、最近は片手で広辞苑を摑めなくなった。ネットでウィキペディアを利用することもあるが、目が横書きの文字を追いきれない。一行で何十文字並んでいるのか、数えたこともないから見当もつかない。二、三行目までは追えるのだが、それ以上の長さになると目が迷子になって次の行にたどり着けない。ネットも紙も一長一短だなどと云うつもりはない。恥ずかしながらネットの知識など殆どないに等しく、重い辞書の代わりにウィキペディアを使ってみようのレベルのネット初心者である。本棚から辞書を引っ張り出した時に舞うホコリ、開いた時の紙の匂いもそれはそれで捨てがたい。

1482号記者ポッポ

松本清張の小説に「一年半待て」と云うのがある。あらすじをこと細かに述べるのはマナー違反になるので控えるが、一年半の期限にはそれなりの理由がある。さて、消費税増税まで「二年半待て」の理由は何か。海外の経済情勢が、あのリーマンショック前夜に似ていると云うのだ。サミット席上で7か国の先進国首脳に独自データを披露。訝しがる各国首脳をおもてなし攻勢で納得させた。つまりは「アベノミクスはすこぶる順調だが、海外経済の雲ゆき妖しく転ばぬ先の増税延期を決めた」のである。二年でもなく三年でもない二年半の理由は判然としない。それでも増税延期は、その日暮らしの身にはありがたい。ふくらむ社会保障費や財政再建など天下国家の心配するより自分の頭の蠅を追うのが精一杯。二年半待てば、アベノミクス効果は津々浦々まで行き渡り国中好況に湧く中で五輪を迎えられると願望込めて…。

1481号記者ポッポ

プロ野球の球場に足を運んだ人なら元気のよい応援を見たり聞いたりしているだろう。とくに外野席の賑やかさには圧倒される。東京ドームが完成して間もない頃、パリーグ主催のゲームで今となってはどこの試合だったか記憶にない。ただ、外野席にこのままじっと座り続けてはいられない雰囲気があった。静かに観たいならバックネット裏か特別の指定席にでも座らなければいけない。ひと頃、《稲葉ジャンプ》と呼ばれる応援があった。稲葉選手が打席に立つとスタンドの観客が歓声を挙げながらジャンプをして球場を揺るがすのだ。同じスポーツでもテニスは真逆だ。錦織選手の活躍でTV中継を目にする機会が増えた。観客席が騒がしいと審判が「プリーズ」、などと云いながら暗に「静かにしろ」と注意する。携帯電話の音でサーブが中断する程の静けさの中でプレーが繰り広げられる。さて、どちらがいいか

1480号記者ポッポ

ローマで行われたテニスのマスターズ、錦織対ジョコビッチ戦を観た。「錦織のバックのダウンザラインは世界トップ級だな。せめて松岡並のサーブがあればチャンピオンだ。フムフム」とにわか評論家気取りで悦に入っていた。もちろんTV観戦だが、時差はマイナス7時間。草木も眠る丑三つ時に起き出しての観戦は時差ボケを誘発するに充分だ。その日から程なくして、家屋がバチバチッと悲鳴のような破裂音をあげ、その後激しい揺れが数秒間続いた。この揺れでさえ震度4だ。この級の余震に幾度となく襲われている熊本地震が紛れもなく大震災でなくてなんだろう。首相は未だに「大震災級」と明言しないのはどうしたことか。消費税にも関わってくることなので慎重なのか。難攻不落の熊本城が一部崩れ、多くの避難民が余震に脅かされている。震度4でも時差ボケもどきの身には大震災級と感じた。

1479号記者ポッポ

今年のGWも過ぎてみればあっという間だった。最近は大型連休をただ茫然として過ごすのも悪くはないなと思うようになった。これは傍から見ると口を半開きにして鼻水垂らしているようだが、諸説によれば脳のアイドリング状態時に別の部位の脳が活性化するらしいのだ。連休明けも、このアイドリング状態が続くようだと一度お医者の診断を仰がねばならないが、ふだんからキレッキレの敏腕記者と云う訳でもなかったので他人が見てもアイドリング状態なのか、そうでないのか判断に迷うところだろう。その昔、世界からガツガツ働き過ぎの日本人はエコノミックアニマルなどと呼ばれた。その頃、GWはあったが大型連休ではなく「飛び石連休」と呼び、大人も子供も会社や学校が休めるのでそれなりに日常を楽しんだ。遠方への旅行など大半の人が考えもしなかった。せめてもの娯楽が映画だった頃も懐かしい。

1478号記者ポッポ

九州の熊本を大地震が襲った。GWを前に観光地はキャンセルが相次いでいる。とんだ災難だが、こればかりは防ぎようがない。日本列島はどこに住んでも〝明日は我が身〟だ。宇宙開発など大言壮語を掲げても所詮地球上に住む人間はせめて二次災害を少なく抑えることしかできない同時期に南米はエクアドルにも大地震発生で地球が丸ごと荒れているよう。壮大な心配は偉い政治家や科学者がすることで、はたと現実に眼をやれば「今月の電気代高くなったか?」「来年四月の消費増税実施するのかしないのか」と今日明日を生きるのが精一杯。さて本紙もGWで5月14日号まで休刊。奥の細道を踏破する壮大な夢も加齢と共に億劫となり「膝が笑ってるようで大地を足で鷲掴みするような力が湧かないなあ。何か覇気がないと云うのか…」と今年も実現しそうにない。せめて近所を逍遥して薫風を肌に感じようか。

1477号記者ポッポ

当初米国の泡沫大統領候補だったD・トランプ氏への支持票が意外に伸びている。「日本の米軍駐留費負担を増大しなければ撤退もやむを得ない。他国の面倒をみるのはもうこりごり。それで日本が核武装するならすればいい」と言いたい放題。本当に日本の核武装を容認するのだろうか。かつて米国は英国の同意を得て日本に核兵器を使用した国だ。彼らの宗教は云うまでもなくキリスト教。ハンムラビ法典と共に聖書には「目には目を、歯には歯を」の教えがある。その意味の深いところはいざ知らず、一般的には「やられたらやり返せ」の同害報復の意として浸透している。そんな国が日本の核保有を容認した日には怖くて夜も眠れなくなるのではないか。瀕死の日本に落とした核爆弾2発で多くの無辜の民の生命を奪った負い目が少しでもあれば、いつか、「目には目を」の同害報復が被害妄想的に広がってゆく。

1476号記者ポッポ

消費税再増税には厳しい経済環境の中、たばこが粛粛と値上げした。人気銘柄メビウスは10円の値上げ。「急激な値上げで喫煙者を大きく減少させては税収もさることながら関係業者にも迷惑がかかる」「ここは禁煙に踏みきらせない程度の値上げに抑えて2兆円の税収は確保しましょう」。「マイナス金利にあやかって喫煙者にはスマナイ値上げとし、ドカンと大幅値上げでいきましょう。それをきっかけに禁煙に踏みきれば健康増進にもつながり医療費も抑えられます」「紫煙の香りに酔いしれる愛煙家の立場はどうしますか」。「愛煙家の立場?そんな場所は僅かな指定喫煙所以外、いまやどこにもありませんから心配には及びません」。たばこが専売特許となったのは日露戦争で軍費が増大した頃。西欧から来たハイカラな紙巻きたばこを吸わないのはお洒落じゃないと流行させたのは時の政府主導によるものだったが…。

1475号記者ポッポ

桜見頃のこの時期も海外からの観光客で都内ビジネスホテルは空前の稼働率となっている。都内からこぼれ落ちた宿泊客は野田市内に誘導するように出来ないものか。中国は広い国だ。中国から日本の東京を目指して来る観光客にとって都内と野田市の距離の差など誤差の範囲。こちらにゆっくり泊まっていただいて爆買い、爆食を楽しんでもらう方法もある。都内のホルで1泊四万円も払うなら六本木周辺で途方に暮れる団体観光客を日比谷線で北千住まで巧みに誘導。いったん降りると見せかけ、そのままつくばエクスプレス方面へ囲い込み。流山おおたかの森からネーミングもお洒落な東武アーバンパークラインへ移送してようこそ野田へのお出迎え。喧噪の六本木で宿が見つけられず途方に暮れていたのが嘘のよう。「都会近郊でこの静かな佇いはどうしたことか。謝々クールジャパン!」と喜んでもらえるだろうか。

1474号記者ポッポ

人工知能が書いた小説は、ある文学賞の1次審査を通過する程度で、その評価は「文章は破綻していないが面白いレベルには達していない」らしい。冒頭部分しか読んでいないが、いかにも無機質なスカスカした文章で面白くも何ともない。現在のところは未熟でも研究と改良を重ね、やがて碁や将棋、チェスのように人間を凌駕する時代が来るのかもしれない。総合研究所などの予測では10年後、20年後には労働者の半数程度で人間の仕事が人工知能やロボットに奪われるという。働かざる者喰うべからずと云っても、働き口がないのだから仕方がない。時の政府は、「人は生きるために食べるのではなく、食べるために生きる」政策を打ち出すのだろうか。働かずに毎日を過ごすのでは余暇時間をもてあますようになりはしまいか。毎日が日曜日と云う生活では、少なくとも「明日は日曜楽しいな」の気分は失くなる。

1473号記者ポッポ

ある日の新聞スポーツ欄見出しに4 段組みで「遊びが取り返せない事件に」と載っていた。遊びとは本来、取り返せるものなのに何かの不都合で取り返せなくなり、それが事件に発展したのだろうか。子供の頃、遊んだ「おしくらまんじゅう」を時間に余裕のできた今、思う存分楽しもうと集まった同志高齢者の体が骨張っていて、押し合っても痛いだけで少しも暖まらない…。一瞬こんな想像を思い浮かべながら本文を読んでみると果たして野球賭博に関連した記事だった。「ちょっとした遊びにお金を賭け、それが取り返しのつかない大きな事件につながる」と云った内容の記事だが、文字数に制限のある見出し、端的かつ要領よくまとめたら「遊びが取り返せない事件に」となったのだろう。やったことは賭博行為だが少額なので、ここは穏便に〝遊び〟と表現しましょうとなったのか。紛らわしくはある。

 

1472号記者ポッポ

 「東京五輪が開かれる2020年までに訪日外国人観光客数が2千万人に達したら凄いことだね。目標値は高い程いいから強気で発表しちゃいましょうか…」。当初、こんな感じだった目標が円安、ビザ緩和などの追い風に乗って昨年早くも2千万人に追る勢い。「そんならドカンと倍増の4千万人にしちゃいましょうか」「いや5千万人いけるんじゃないですか」。都内のデパートやホテルは爆買い爆泊で潤う一方で地方デパートは閉店が相次いでいる。地方にも滞在する観光戦略がほしい。観光客数1千万人に満たず、東武が野田線と呼ばれていた頃にも外国人はよく乗車していた。屈強な若者は武神館道場に通っていたのだろうが、70歳近い老女も乗っていた。彼女は柿の種とサイダーをポリポリ、グビグビやっていた。外国人はコーラとポップコーンじゃないのかと不思議に感じた。今思えばクールジャパンの走りである。

1471号記者ポッポ

科学的トレーニングの向上で大半のスポーツ競技は記録を伸ばしている中、日本男子マラソンは半世紀前とさほど変わらない記録にとどまっているのはどうしたことか。東京マラソンで日本人最高は8位。しかもその記録は2時間10分台。日本歴代100位にも入らず、一見女子の記録と見紛うほどの低迷ぶりで記録は君原、円谷の頃と大差ない…。「ド素人はこれだからなあ。こっちはオリンピック選考がかかってんだよ。日本人2位までに入れば派遣対象になる。そのための駆け引きがあって走ってんだよ。分かってないんだからもう」。そうは云っても記録の伴わない駆け引き上手だけで上位は狙えない。「オリンピックは参加することに意義」があったのは純粋なアマチュアイズムで行われていた頃まで。各競技でプロ選手が参加してくる時代に敗色濃厚な種目に出る位ならいっそ予算を子育て支援に回したほうが…。

1470号記者ポッポ

昨年のことだが今でも気になって仕方がない。中根のATMで通帳を記帳していると、隣で高齢者と思しき男性がフムフム云いながら操作している。うしろで並んでいる人たちも怪訝な表情で携帯老人を見ている。もしや、この老人「振り込め詐欺」に遭っている状況じゃないのか…。電話の主の指示に従ってピコピコと画面上で操作しているこの老人に、銀行員でもなければましてや警察官でもない通りすがりの云わば町人風情が「ちょいと、そこの人」と気安く声かけていいものだろうか。「な、なんだあ。可愛い孫と話してるのに邪魔するな。すっこんでろい!」などと怒鳴りとばされたら気弱で小心な身では腰を抜かしてしまうかもしれない。警察に通報するか…。いや待てよ、通報して警察が駆けつけるまで携帯老人がその場所に止まっている保証はない。記者の心は千々に乱れ、ただATMを後にするだけだった。

1469号記者ポッポ

《この世をばわが世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば》藤原道長得意絶頂の頃に即興で詠んだ歌に(何とど厚かましいことよ)と内心呆きれ返った実資は「このような名歌の返歌は滅相もない」と返歌を断っている。祝宴でのことで酒も入って道長は開放的になり、つい本音が出てしまったのか。「この世は俺のためにあるようなものだ。ウヒヒッ。望月(満月)のように何も足りないものはない。ゲップが出そうだ」。こんな意味の歌を詠まれて、どんな歌を返せばいいのか実資でなくても当惑する。遠い昔、学生の頃、麻雀でこんな気分を一度だけ味わった。麻雀は、囲碁や将棋のようには実力が勝敗に反映されない。その日はやることなすことうまく運んで一人勝ちが続き「わあ、点棒が我も我もと押し寄せてケースに収まりきらないやぁ」と思わず知らず発したとき、他の三人のメンバーは「……」。

1468号記者ポッポ

バレンタインデー関連のNH
Kニュースで、高カカオチョコレートに含まれる有効成分カカオポリフェノールには「善玉コレステロールを増やす」「血圧を下げる」「血管壁をしなやかにする」などの効果があり、おまけに「認知症予防の効果」も期待できるとあった。ボロボロ血管になって動脈硬化になるのも困るが、認知症も困る。チョコレートには元来、目がなく隙あらば子供の頃のように腹いっぱい食べてみたいものだとは魔がさしたように思うときもあったが血糖値の上昇を慮って控えて来たが…。「高カカオチョコレートぽかんと口を開けていても降っては来ない。自分で買ってみるか」とあちこちの店舗で「ギブミーチョコ」と回ってみるが果たしてどの店も売り切れ状態。紅顔の美少年がチョコを求めて駆け回る図はある種微笑ましいが、白髪頭の「ギブミーチョコ」はこの期に及んで見苦しくもある。

1467号記者ポッポ

川間にお住まいのUさん(74、歳女性)からお便りをいただいた(三面掲載)。昨年晩秋の朝、川間駅階段で転倒、腰などを強打して倒れた際、駆け寄って暫く見守り、立ち去った青年の親切が忘れられず紙面を通してお礼を…と綴ってある。人間歳を重ねると若さへの嫉妬も手伝って、「最近の若いモンは…」と口にしがちである。原始の昔から、洞窟のラク書きに「最近の若いモンは…」の文言があるらしい。時代が移って昭和の初期は街中をモボ・モガが闊歩して当時の年寄りは眉を嚬めた。記者も数年前の大雪の翌日、駅階段で滑り落ち、腰をしたたかに強打、息も止まるほどの衝撃にその場を動けず唸っていると若い女性が数人かけ寄って来て声をかけてくれた。「大丈夫ですか?」と。実際大丈夫ではなかったが、この場合「大丈夫です」と答えないと救急車を呼ばれかねない状況だった。世の中、親切な人も多い。

1466号記者ポッポ

「火花」一発だけでは出版不況は抜け出せない。雑誌・書籍の売上げ減が止まらない。町の本屋には得も云われぬ独特の匂いと趣きがあった。過去形になってしまうのは、毎年、毎月、毎日のようにどこかの町で本屋が消えているから。刷りたての雑誌や新刊書が居並ぶ本屋の中を素通りしただけでも森林浴のような効果を感じる。数ページをパラパラと拾い読みしただけで「我ついに『谷崎源氏』を読破せり」的達成感と知的欲求が満たされた満足感で悪くもない眼にメガネをかけ、前髪ハラリとなびかせたい頃があった。微力ながら出版不況脱出の一助になればと、最近は文庫本を買い直している。と云うのも昔の文庫本の文字は小さくて読みにくい。最近の文庫本は文字が大きく読みやすくなっている。話の筋は大方覚えているので新鮮なドキドキ感は期待出来ないが、安心して読める。何事も安心安全がいい。

1465号記者ポッポ

「テニスの4大グランドスラムを全試合放送しているのはウチだけです」と誇らしげに有料放送チャンネルのTVCMが流れて、全豪オープンが開幕。テニスにはシーズンオフというものが殆どないから「冷やし中華始めました」的な新鮮感動が今ひとつない。ATPファイナルが12月にあったばかりで、トップクラスの選手に体力強化、技術練達のための長期トレーニング時間はあるのか。出場義務のある大会をこなす体力がないとトップ選手にはなれない。昔の映画スター、市川雷蔵に似た雰囲気をときおり漂わす錦織圭選手は、日本の選手史上最強だが未だマスターズの優勝もない。それはそうだ。2㍍近い大男が時速200㌔オーバーのサーブを打ち下ろしてくるのだから、なま半可な腕力で受ければ手首骨折もあるのではないか。硬式テニスボール、黄色くて可愛いらしいが実はあれで結構硬いのだ。

 

1463号記者ポッポ

明けましておめでとうございます。餅は何個焼きますか。みかんは去年の暮れから食べすぎていませんか。二、三日経つとカレーライスやラーメンが懐かしく感じられます。こうして下戸の正月は〝食こそ我が命〟とばかりに、朝昼晩食前食後、陰日向なくひたすら食を追求する毎日となります。正月明けは当然肥った姿をご披露することになりますが、体重別格闘技選手権に出場する訳でもなく何処からも減量を強いられる立場でもありませんから気は楽です。唯一気がかりなのは、肥満が生活習慣病をさらに誘発しないかと云う点です。月末の検診で「どれどれ。ありゃりゃ、またやっちゃったよ。この前はグリコA1Cヘモグロビン下がっていたから、よしよしその調子と云ったばかりなのに、正月明けたらこのザマだ…」と医者に呆れられはしまいかと一瞬憂鬱な気分になることもありますが、あくまで一瞬ですから。

1462号記者ポッポ

「焼跡闇市派」を名乗った野坂昭如が逝った。85歳になっていた。高校生の頃、同級生に野坂ファンがいた。「プレイボーイ」「平凡パンチ」などの雑誌が部数を伸ばしていた頃、放送作家、雑文業、「オモチャのチャチャチャ」など童謡作詞家としても活躍。「七つの顔」の多羅尾伴内のようなと云っても、多羅尾伴内その人を知る年代も少なくなったが。同時期に小説家として脚光を浴びた五木寛之の人気が高く、野坂はそれを皮肉って「顔文一致の文体だから…」と評した。野坂の「元祖プレイボーイ」的要素に憧れた同級生は、まずその外見から傾倒していった。自伝的エッセイなどで仕入れた知識から「彼は学生時代、金が無くて血を売って生活費にあてたらしいな」と献血ならぬ売血を試みたりした。そんな同級生も年が明ければ高齢者の仲間入り。若かりし頃は、あっという間に過ぎてゆくを実感する年の瀬となった。

 

1461号記者ポッポ

毎年12月14日になると縁の地で「赤穂義士祭」が行われる。カレンダーにも日本の行事項目の中に記される。今から300年以上も前に起こった「赤穂事件」は、勧善懲悪ものの浄瑠璃「仮名手本忠臣蔵」でコッテリと脚色され吉良上野介は極悪人として赤穂浪士に殺された。作り話の「忠臣蔵」イコール「赤穂事件」だと映画や芝居で永年刷り込まれると錯覚して真実と嘘の区別がつかなくなる。初めてならともかく、過去に経験した勅使接待役の浅野内匠頭が当日の服装を大紋か長裃か解らない筈はない。畳替えも過去に経験済みだったろう。実際には吉良による浅野イジメは歴史家の誰も見つけていない。悲しいことに、日本を「吉良化」する動きが一部の国にある。世界が反日映画や反日教育、記念館建設で悪のイメージを刷り込まれると「忠臣蔵」における吉良のようになる恐れがないかと勝手に心配する年の暮れ…。

1460号記者ポッポ

今年の流行語大賞に「爆買い」と「トリプル スリー」が選ばれた。「トリプルスリー」は山田、柳田両選手の活躍によるものだが、「爆買い」は円安効果と入国手続きの簡素化などで中国、台湾など海外観光客の大幅増加が要因だ。観光立国をめざし、当初2020年目標とした年間2000万人の観光客数を今年中にも達成する勢いである。ひと頃、閑古鳥が啼いていた都内のホテル、デパートなどは「爆買い」観光客に救われた。経済効果は数兆円に達することを考えれば「マナーが悪い」「声がデカい」などの不平は商人揉み手でじっと堪えなければならない。難民の押し寄せるヨーロッパ諸国から妬みそねみが出ないか、そっちの心配もしておかないと気掛かり。将来「一億総ぶらさがり感覚では国の財政が保たない。一世帯当り一人の難民受け入れこそが一億総活躍にもなる」なんて法案が通らないとも限らない…。

1459号記者ポッポ

年齢を重ねると食べることが数少ない楽しみのひとつになるが、そのくせ一昨日の夕食は何を食べたのか思い出せない。僅か二日前のことだが、思い出さなくても命に別状ある訳でもなし「ま、いいか」と記憶を辿ろうともしない…。三島由紀夫は、告白体形式の小説「仮面の告白」の中で「下したての爽やかな木肌の盥のふちにほんのりと光が射していた…」と産湯の時の記憶を語らせている。天才と凡人、彼我の差は大きいのだが、こちらの脳容量は限られておりどんどん忘れて、それこそ削除して「ゴミ箱」行きにしなければ壊れたパソコン状態となる。人生の後半を外食で暮らした永井荷風は晩年になるとメニューをあれこれ考えるのも面倒と見えて毎日お銚子一本とカツ丼に決めている。文化勲章受賞者の侘びしい独り暮らしにも映るが、はてさて天才たちの脳はどうなっていたのか凡人の知るところではない。

 

1458号記者ポッポ

「世界野球プレミア12」は、日本代表の頑張りもあってTV 視聴率が高い。選手の体調管理を重視するメジャーリーグからの派遣は認められていないので米国など数チームはベストメンバーを組めない。それでも日本代表はメジャーリーガーを除く現有勢力で最強の布陣で臨んだ。参加している選手の真剣味は昔の「日米親善野球」とは雲泥の差だ。戦後初の日米親善野球に来日したサンフランシスコ・シールズは3Aクラスのチームだったが、日本との実力差は圧倒的。観光気分ながら7戦全勝。好調時、「球が止まって見える」と豪語した〝打撃の神様〟川上選手でさえ、1Aクラスにいる好選手と云う評価。あのマッカーサー夫人が始球式を行ったのである。数年前までは空から焼い弾が降っていた生きるか死ぬかの時代。平和になったとは云え世の中が栄養も満足に摂れない状態で勝てたら逆に不思議だったろう。

 

 

1457号記者ポッポ

大都(現在の北京)を都にフビライ建国の元はモンゴル、チベットを我がものとし高麗を属国に加え対馬、壱岐、博多を襲撃。殺戮略奪の果て捕らわれた多くの日本人男女は手の甲に孔をあけ縄などで数珠繋ぎにして自国に連れ去られた。13世紀に起こった蒙古襲来である。こうした古い過去は忘れ去り、ひたすら20世紀の過去の一時期にこだわり南京をユネスコ登録する中国と最早や属国ではない筈の韓国の慰安婦像設置運動の構図は、ジャイアンとスネ夫に立ち向かうのび太のような日本か。ドラえもんのように頼もしかったアメリカにかつての力はもうない。と云うよりもアメリカばかりにたよっている国が他国を属国呼ばわりするのは少々面映い思いもする。他国に危害を加えない究極の専守防衛は、科学の枠を結集してこの日本をスッポリと巨大ドームで包むことだが、はてさてどれ程の年月と費用がかかるのか

1456号記者ポッポ

日中韓首脳会談が韓国ソウルで行われた。中韓は歴史認識問題でタッグを組み、2対1の数的優位、地の利で日本をねじ伏せようとしてくるのじゃなかろうか。あ~やだやだ。行きたくないな。風邪で頭が痛いから休みますと官房長官に電話してもらおうかな…。庶民なら一瞬そう考えてしまうようなことも総理ともなれば憂鬱な顔も見せずに会談に臨む。カメラの前では口角を上げて平然と笑顔をつくり会談相手と握手を交わす。我らが総理さすがだなぁ。役者絵から抜け出たようなイイ男とは云わないまでも物腰手振り垢抜けて見える。目に見えた成果は無くても厄介な2人組を相手に無事乗り切ったものだと地べたから感心。誇らしいニュースはスポーツ界からも。ラグビーW杯で〝最高の瞬間〟試合に日本対南アフリカが選ばれ、ベスト15に五郎丸歩選手がフルバックで選出される快挙。4年後開催に弾みをつけた。

1455号記者ポッポ

今週、「記者ポッポ」都合により休みます。

1454号記者ポッポ

ジェンナーが使用人の息子を実験台に天然痘ワクチンを開発したのは有名。その昔、小学校の図書館で読んでいた頃の「偉人伝」では、ジェンナーの息子を実験にしたと記憶しているが。記者も我が胃袋を実験台に、夜遅くシリアル食べたら血糖値にどれほどの影響を及ぼすかを試した。欧米の子供たちが、朝の忙しい時間、手軽に食べて学校に行くイメージのあるシリアルだ。シリアルを盛った皿に牛乳をドバドバと注ぎ、バナナ一本を輪切りにして添えてみる。どう見てもサッパリとした夜食にしか見えない。ポテトチップスのような脂っこさは微塵もない。ところがグリコA1Cの数値は驚くべき高さを示した。考えてみれば、手軽に素早く食べられるシリアルは栄養満点、カロリーの宝庫だったのだ…。最近のニュースでは少量の夜食は筋肉を増強させ体脂肪も減少させることがわかった。何事もほどほどに、か。

1453号記者ポッポ

 

市川雷蔵の「忍びの者」や勝新太郎の「座頭市物語」は、当初単発の映画として制作されたが、思いの外好評でその後「新」とか「続」を冠してシリーズ化した。さて、アベノミクス「三本の矢」は好評だったのか「新・三本の矢」が出てきた。強い経済、子育て支援、社会保障でGDP600兆円をめざすのだから、国民も進め一億火の玉だ、いやもとい、一億総活躍してもらわなくちゃ…と。加齢と共に体のあちこち傷んで来た人もいると云うか多いから社会保障費もふくらむ訳で、お迎え近いこの齢で「さあ活躍してみろ」と云われても。世界一貧しい大統領と呼ばれているウルグアイのホセ・ムヒカ氏は「人間は発展する社会の歯車となるために生まれて来たのではなく、人として幸せになるために生まれて来た。貧乏とは無限に欲を持ち続けることだ」と云う。遙か昔の中国で老子も「足るを知る者は富む」と云った。

 

 

1452号記者ポッポ

今世紀になって自然科学分野での日本人受賞者の数の多さはどうだ。ノーベル賞受賞者数である。科学者に最高の研究環境を提供して、世界の頭脳が集まるアメリカに次ぐ数だ。同じ日本人として誇らしいと感心しているだけでいいのか。爪の垢を煎じて飲んでみる気にならないかと自問しても、もはや次元が違い過ぎて何も思わない。近所のご主人が、ゴミ当番や町内会、雪掻き等の功績でノーベル賞を受賞したというなら「つぎは俺も頑張ってみっか。『やれば出来る子なんだから』と小学生の頃、先生に云われたっけ」となるが…。ニョロニョロと蠢く蚯蚓や得体の知れぬ虫が棲む土の中を探って多様な微生物を発見し、遠くアフリカの彼方で何億人もの命を救うという快挙を成し遂げた。この分野は北里柴三郎や野口英世の系譜にも連なる日本のお家芸となりつつある。かくして理系回帰の流れとはなるか。

1451号記者ポッポ

〈読書とは最も簡単で効果的な美容術であり若返りの方法だ〉と河上徹太郎が「読書論」で書いていた。本当だろうかとこの齢になって改めて姿見に自分の容姿を映してみる…。黒々と照り輝き浅草海苔のようだった髪の毛は随分白くなった。齢とともに優雅な暮らし向きとなれば、人はその髪をロマンスグレーと呼ぶがその日の暮らしに追われる身では不本意ながらゴマ塩頭と云わざるを得ない。燃えたぎるような若い血潮は、いつしか淀み血糖値の上昇とともに血管の所どころが詰まるようにもなった。読書の時、人は坐るか寝ころんで読むわけで体を鍛える運動とは真逆の世界。ゴロリとなって本ばかり読んでいても腹は減り、三度の食事はきっちりいただく。これで教養、栄養ともに身に付くかと云えば、栄養ほどに教養が身に付いたとも思えない。ポッコリと膨らんだ腹撫でて若返ったとの実感はさらにない…。

1450号記者ポッポ

今年の「敬老の日」は、ハッピーマンデー用に動員された形で21日となった。年ごとに祝日が移動するのは、寝ぐらの定まらない住所不定のようで何か釈然としない。きょうから5連休となって観光業界は書き入れ時となる「『秋のゴールデンウィーク』のようなものだが、一介の映画会社の宣伝文句を使ってパクリと云われるのも業腹だ。『敬老の日』も参加してることだし、ここはひとつ『シルバーウィーク』とでもしときましょうか」「これだけカレンダーを赤く塗りつぶしておけば、いかに庶民が財布の紐を固く締めていても使わざるをえないでしょう。ぐふっ」。こんな密談が、どこかで囁かれていたのじゃなかろうかとあくまで推測にすぎないのだが…。小紙も次号は休刊となる。来週号を出そうと思うなら原稿入稿をとてつもなく早めなければならない。感覚的には今から年賀状を書くようなものか…。

1449号記者ポッポ

ダイヤモンドに目がくらみ、貧しい恋人を捨て金満家の紳士と結婚するも後悔する女性。ご存知、明治の文豪尾崎紅葉の「金色夜叉」で新聞連載時には当時の女性の紅涙を絞った。記者も昔、その厚い文庫本に読み耽った。「金色夜叉」は著者病気療養のためたびたび連載を中断し、挙句は未完のまま終わる。著作権という概念のない明治時代のこと。実は種本は英国の通俗小説「女より弱者」である。五輪エンブレムの疑惑に揺れる今日では立派な盗作で、「パクリ」とネットで検索すれば「尾崎紅葉」と出ても不思議ではない。例えIOCやJOCが「エンブレムはオリジナル」と評価しても、他で一つでも盗作が発見されれば一事が万事ということになり国民の支持は得られない。新国立競技場に続く白紙撤回、二度あることは三度ある。さて、三度目は消費税10㌫の白紙撤回か、いっそ五輪開催の白紙撤回か。

1448号記者ポッポ

昔の万歩計を改良した高機能搭載の「活動量計」と云うものをズボンのポケットに忍ばせて歩くことに努めているが、一日一万歩を超えることはまずない。街にはバスや電車が走っている。駅にはエスカレーターやエレベーターが「ほらほら、階段なんか使っていると膝痛めるよ。アスリートでもないのに体鍛えてどうすんの。人間、楽したほうが得だよ」と誘惑してくる。「それもそうだな。じゃあ今日だけ特別だよ」とエスカレーターに乗る。ボーッと立っているだけで上まで運んでくれる。快適と云うほどではないが、楽だ。しかし、これでは「活動量計」の数値も一向に動く気配がない。さりとて数値は伸ばしたい。駅のホームで腕を振って脚を上げてワン、ツゥー、ワン、ツゥーとせめて三百六十五歩分くらいはと頑張る姿は傍目には、「何か、くやしいことでもあったのか」と地団駄踏んでるようにも見えるだろう。

1447号記者ポッポ

「せっかくだから、悪いんだけどこの荷物も一緒に運んでくんないかな。『こうのとり』さん」とNASAからの頼まれ荷物もヨイショと背負い宇宙ステーションに飛び立つ無人補給船「こうのとり」の勇姿が誇らしい。今年は終戦70年の節目。日本を占領下に置いたGHQから、敵討ち、ちゃんばら劇など闘争心を植えつけるような映画、演劇は一切禁止され、戦前高い技術を誇った航空機の製造禁止令も出された。それらは昭和27年のサンフランシスコ講和条約まで7年間も続いたのである。その間優秀な多くの科学技術者たちが職場を離れた。糸川英夫もその中の一人だった。7年間の空白は、日進月歩の航空技術で致命的な停滞だったろう。そうしたハンデを乗り超えて日本の科学技術は発展してきた。「どうして一番じゃないと駄目なんですかぁ?」と仕分けされる日もあったろう。肩身の狭い環境での研究成果だ。

1446号記者ポッポ

学生なら夏休みも後半になって逝く夏を名残り惜しむのだろうが、社会人ともなれば僅かばかりの盆休みを挟んで延々と続く真夏日の中、働く身にはソーメン啜るのも飽きが来てさすがに夏の暑さが鼻につく。「助さん、格さん。もういいでしょう」と黄門ばりに夏を制したいのだがこの暑さは一向に抑まる気配がない。アスファルト道路の片隅で力なく裏返ったセミが肢をヒクヒクさせてもはや断末魔の悲鳴さえ発しない。人間目線で見れば夏に生まれて夏に死ぬ儚い一生。来し方行く末を考える間もない短い生涯は哀れとも思うのだが、なに地球の歴史の長さから見ればセミも人もその一生の長さにさ程の違いはない。裏返ってもがくセミをつまんで、せめて日陰に移動させようとも思うが運んだところで飛び立つ力も残っていないセミが「ほっておいてくれ。お迎えが近いのに日なたも日陰もない…」と云っていそうだ。

 

1445号記者ポッポ

かつて各地で公害を垂れ流しながらGNP( 国民総生産)を増やすことこそが幸福への道と信じて突き進
んでいたあの頃、耳にした「光化学スモッグ注意報」を今また数十年ぶりに聞くようになった。目下、高度経済成長中のお隣り中国からの越境大気汚染も少しは影響しているのか、このところ眼が充血して涙目が止まらない。「眼が痛い」「喉が痛い」「暑苦しい」の三重苦で子供の頃、あんなに楽しい思い出ばかりの夏がこんなにも辛くなろうとは…。暑さで朦朧とした頭の中で思うのは、(あー早く極寒の冬来ないかなぁ。「冬将軍」…何と耳に心地良い響きだろう。呼び捨てにするのは恐れ多い。「様」を付けたいくらいだが、それだとどこかの国になってしまいそうだな…。家の前の道路に降り積もった雪をスコップで雪掻きしてみたい。足腰の鍛練にもなるしな)と妄想してしまう程の近頃の暑さではある。

 

1444号記者ポッポ

家の前の道路に積もった雪は放って置けば凍結して通行の迷惑になるから雪掻きをする。若い頃なら足腰を鍛えられる作業だが年齢を重ねると難行苦行になってくる。「あー、暑い夏が待ち遠しいなぁ。うだるような炎暑の夏、早くこないかな…」。早くも遅くもなく夏はやってきた。「お待たせしました。35度超えの猛暑ただいま参上つかまつりました」。礼儀正しい年輩の夏だ。たしかに待っていたが、それは寒かった頃の話で、桜が散ってつつじが咲く頃になると体が暖かな気候に馴染んでしまい「今年はこのくらいの気候のままでいいかな。やっぱり暑い夏は来なくていいや」「キャンセルは利かないんですよ。冬来たりなば春遠からじと英国詩人も云うように禍福も季節も巡るんです。春が来れば暑い夏はすぐやって来る。ポカポカと体に心地よい春は人間を生ぬるくしてしまうので短か目に設定してます…」。

 

1443号記者ポッポ

石原慎太郎「太陽の季節」以来およそ60年ぶりに注目を集めた漫才師又吉直樹の芥川賞受賞。他の受賞者が霞んでしまうほど話題は集中した。純文学は、つまらないものと云う概念を覆す異例の100万部突破は出版界にも明るい話題。慎太郎以降の受賞者だったが、家族と共に上京したものの生活に困窮して副賞の懐中時計を質屋に預け入れようとしたところ裏蓋に刻まれたペンネームと身分証の名前が違っていて店主から疑いをかけられる作家もいた。そもそも芥川賞も直木賞も文学新人賞である。文藝春秋社社長の菊池寛が、生前連載してくれた芥川龍之介と直木三十五の名を冠して新人賞を創設したのが始まり。出版社からなかば流行作家が義務づけられる直木賞と違い、芥川賞は作家というよりも作品そのものに与えられる傾向が強い。その意味では、プレッ
シャーを感じず伸び伸びと2
作目を発表していけばいい。

 

1442号記者ポッポ

「8㌫程度の消費税ぽっちでは、とてもとてもあっちこっちの支払いで追いつかないんだかんね…」と常日頃税収不足を嘆く政府が、2500億と云う途方もない金をかけて新国立競技場を建設しようとしている。出来るだけ既存の施設を利用してコンパクトな五輪を目指した筈だったが、どう風向きが変わったか鼻息も荒く「2本のキールアーチを使って屋根を付ければ選手は汗もかかず快適に過ごせるに違いない」「金に糸目をつけず募ったデザインは暫新でUFOみたいでしょう。近年の五輪では断トツで金かけてますから。はい」といったような話し合いがあったのではと推測してしまう。競技場に屋根を付けたら最早、夏季だか冬季だか室内競技だかも分からなくなる。庶民が奮発して別荘買ってはみたものの年に何回も利用出来ず、挙句維持管理費ばかり請求されるような状況にならなければいいが。

 

1441号記者ポッポ

後味の悪さを残しつつ「明治日本の産業革命遺産」が世界文化遺産に登録された。あの日韓外相会談は一体何だったのかと今更驚くにはあたらない。日本と朝鮮半島との交わりは300年来変わらない。儒学者で木下順庵門下の雨森芳洲(あめのもり・ほうしゅう)は、朝鮮通信使と誠信誠意をもって交わったことは、後に盧泰愚韓国大統領(当時)も日本での宮中晩餐会席上で例に挙げたほど。それでも朝鮮通信使が帰国して記した報告書「海游録」にはさんざんな悪口を書いている。今も昔も親日的言動はタブーであり韓国民の支持を得られない。400年以上も前のこととは云え、無礼極まりない秀吉の「唐入り」以来、日本不信が続くかの国だが、芳洲の著した「交隣提醒」の書の一節を両国互いに噛みしめて今後の指針としてみたらどうか。〈誠信と申し候は互いに欺かず、争わず、真実を以って交わり…〉。

 

1440号記者ポッポ

テレビの有放送局が、「ウインブルドンテニス第1日目無料」で放送した。錦織選手の初戦を「どうぞ無料で見てくださいね」とボランティア団体のように優しく呼びかける。そして「大会2日目以降は、ちゃんと加入して有料で見てくだいね」と続ける。当然だろう。未加入の分際で2日目以降も見られては既に加入して有料で見ている方に示しがつかない。ここは未加入者になり代わって「納得です」と云いたい。でも待てよ、期待の錦織選手だが体調万全ではない。左ふくらはぎの状態はどうか。予選敗退という可能性もゼロではないな…。錦織選手だけを見るなら地上波でもやっている。さすがに、くだんの有料放送局は懐が深い。「うちは錦織の俄ファンだけを対象にはしていませんから。フェデラーやジョコ、ナダルらのプレーも見たいと云うテニスファンの拡大、掘り起こしを狙っています」ときっぱり。実に潔い。

 

1439号記者ポッポ

日韓国交50周年を機に「少しは仲良くして見せたらどうなの…。境界線向こうの北朝鮮、うしろの中国、ロシアと色々キナ臭いのに、やりづらくてしょうがないよ」と米国の憂いに取りあえず握手しておくかの日韓両国。中国と並ぶ反日教育国家のその韓国で、女流小説家の盗作疑惑浮上。よりにもよって三島由紀夫の「憂国」の描写部分数カ所がそれだ。よりにもよってと云うのは思想的に右か左かと分類すれば誰が見ても堂々の右寄り。しかも作品は、韓国で学んだ歴史教育「アジアを不幸に陥れた太平洋戦争」の引き金ともなった2・26事件が舞台。「三島の作品は『金閣寺』しか読んだことはない」と本人は弁明するが、現在は絶版扱いだが過去に韓国語で発表されていたわけで、短編なので読んだことを忘れている場合もあるだろう。それより不思議は極右思想的作品が何故翻訳して韓国語で出版されていたのか。

 

 

1438号記者ポッポ

「FIFA」や「MERS」というアルファベット4文字がこのところ世間を賑わせている。FIFAとは国際サッカー連盟のことで、開催誘致をめぐっての理事汚職事件で今後の進展具合によってはレッドカード続出という事態にも。経済波及効果を見込んで誘致したい国が多いなら四年と云わずいっそ隔年開催したらどうだろう。高齢化の進む日本から見れば四年の間はいかにも長い。四年毎の開催と云えば五輪もそうだがIOCは大丈夫だろうか。金に糸目をつけず立派な国立競技場をつくっても五輪後の使い途は。「おもてなし」の後、閑古鳥が鳴くのでは困る。MERSとは中東呼吸器症候群だが、検索すると韓国マーズと出て来る。韓国とは海を隔てているとは云え咳の飛沫が玄界灘を越えて来ないとは限らない。要心に越したことはない。高齢者や免疫力の弱っている人は手洗い、うがいを習慣づけたい。

 

 

1437号記者ポッポ

景気回復の兆しが本格化していると新聞報道されている。1〜3月期の名目GDPはバブル期以来の伸びになるという。ふむ、ふむ「いいね」と読んでいくと「円安効果が個人消費や企業業績に悪影響を及ぼす懸念も出ている」というではないか。さらに、景気ウォッチャー調査では中小企業から「原材料や資材の値上げが止まらず、利益が減少している」との声もあり喜ぶのはまだ早いぞ的な記事の締めくくり。ということは輸出系大企業は円安効果で好況だが、それ以外の中小企業は値上げに苦しんでいるということになる。数のうえでは圧倒的に中小零細のほうが多いわけだから、景気のいい見出しは一部の大企業を指し、本文後半が一般向け記事ということになろうか。つまりは、大企業が積み上げた潤沢資金をジャブジャブとボーナスや賃上げに回しやがてこぼれてくるのを全国津々浦々で待てよとアベノミクス…。

 

 

1436号記者ポッポ

 

家康没後四〇〇年記念として東京(すでに終了)を皮切りに京都、福岡の三大都市で、「大関ヶ原展」が開かれている。主催者側では、「国宝級の品は出展日時が限られており、見逃がす場合もあるので三会場全てをご覧下さい」と呼びかけるがそんな体力も時間もないならどうする。妄想を働かせて戦国最後の合戦に想いを馳せてみよう。明治の日本に陸軍顧問として招かれたドイツの軍人メッケルは、関ヶ原の東西布陣図を示されて「これは当然、西軍の勝利でしょう」と断言するほど西軍圧倒的優位にあったのだ。ところが官僚タイプの西軍石田三成は同僚からの人望極めて薄く毛利は消極的、小早川には裏切られた事情が番狂わせを起こした。もし西軍が勝利していれば繁栄の中に大坂城は残っていたろうか。空襲で燃えた可能性も高いが、残ってないともいいきれない。江戸は今ほど開けず、したがって五輪も来ない。

1435号記者ポッポ

風光明媚な観光地として海外でも人気の箱根だが、活火山だけにいつ噴き出すのか、その時期は専門家でも判らない。なにしろ最後に噴火したのが3000年以上も前とあっては予兆を調べるにもデータがない。箱根観光地には気の毒だが大湧谷周辺は御岳被害の例もあり噴火警戒レベル2に。大湧谷。そうしてみると何やら湧き出して来そうな名で不気味感漂う。もっともこの名になったのは明治時代に入ってから。以前は地獄谷と呼ばれていたから不気味どころの騒ぎではない。箱根のお隣り、熱海にしても遙か昔は海中深くの泉脈から湧き出す熱で辺り一面の海水ことごとく熱湯と化し「あつうみが崎」と呼ばれたものが転じて「あたみ」となったらしい。ことほど左様に風光明媚な景観や名称は換言すれば自然災害の痕跡を今にとどめたものであり、観光地を旅するには邪魔にならぬ程度の緊張と警戒が必要だ。

1434号記者ポッポ

千葉県が生んだ偉人、伊能忠敬は全国を歩いて精巧な日本地図を測量作成した。その歴史的歩幅は、研究者によると六九㌢㍍ということだ。身長一六〇㌢㍍と小柄な忠敬だが歩行速度は歩幅と身長から比較しても速い。現代人は一日何歩ほど歩いているのだろう。一日一万歩は歩きたいところだが、GW期間の自宅引きこもりではせいぜい数百歩…。これでは健康寿命を縮めるばかりと万歩計を買いに行ったところ今は高機能を備えた「活動量計」というのがある。自分の性別、身長、体重、年齢、歩幅などを記録させると一日に歩いた距離や歩数、消費カロリーがたちどころに判る仕組みになっている。便利になったものだ。志も高く忠敬は歩いて当時世界基準の日本地図を完成させた。当方はその「活動量計」を買って消費カロリーを調べるだけで彼我の志の違いは歴然だが国のご迷惑にならぬよう、健康寿命は延ばしたいものだ

1433号記者ポッポ

GWは大企業並みの連休を取った。手許不如意は慢性化しているので驚くにはあたらないが、どこへ行っても混んでいるだろうとひたすら国内でじっとしていた。正確に云うと自宅でじっとしていたのだがなぜか時差ボケが取れない。TVで錦織選手のテニスを観ていたためだ。日本時間午前一時試合開始予定が、前の試合が長引いてなかなか始まらない。こんなことなら早寝早起きして観るべきだったと後悔してる間に東の空が白々として鳥が鳴き始めた。朝刊配達のバイクの音も聞こえてくるではないか。考えてみれば錦織選手と親戚関係にあるわけでもなく生放送で応援する必要もないのだが…と思っているうちにアナウンサーが再び画面に登場してきてご機嫌伺い的な挨拶。担当とは云えアナウンサーも大変な職業だ。このだらだらした膠着状態の時間帯に仮眠は取れたのだろうか。選手より疲れ果てているようだった。

 

 

 

1432号記者ポッポ

ゴールデン・ウィーク(以下GW)とは、黄金週間のこと。何と耳にこってりとした景気の良い響きだろう。それもその筈、六〇年以上も前の映画全盛時代、お盆や正月より観客動員数が多かったため大映がそう名づけたものだ。映画会社には、旧き良き時代だった。GWと云う甘い果実は映画会社だけでは食べきれないだろうとレジャー関連会社を先頭に多くの業種が参戦。この際だから一斉に消費を喚起させましょうと、五月暦は年毎に赤さを増し色づいたのである。需要と供給の関係でサービス料金もハネ上りGW価格が当り前となった。年率二㌫の物価上昇をめざしているのだからと国は連休を後押しする。おかげで本紙も九日号は休刊となる。五月のGW休刊は想定の範囲内だとしても九月二〇日からの四連休はどうしたことか。やはり映画会社が二番煎じを狙ったシルバー・ウィークは定着しなかったのだが…。

 

 

1431号記者ポッポ

東京ドームが出来てそう間もない頃だから、ふた昔ほど前。一度はドーム球場の雰囲気を体感しておこうと足を運んだ。日本ハム対南海ホークス戦だったろうか。いやもうダイエーホークスだったかもしれない。記憶がないのはゲームよりも球場の見物が目的だったからだ。当時、東京ドームは巨人と日本ハムがホーム球場にしていた。パリーグのデーゲームは空席が目立ちライトスタンドに座っていたのだが、この辺に集まっている観客は私設応援団風で常に笛太鼓を鳴らし命がけで声援を送っている感じだ。投手のボールが捕手ミットを叩く音も打球音も応援にかき消されて聞こえない。テニスやゴルフは静かに観戦するのだが、野球やサッカーは声を張り上げ体を振り続ける。カロリー消費やストレス発散にはいいが、さほど熱を入れて応援する気がなければ少々お高いがバックネット裏か内野席で観るべきだった。

 

 

1430号記者ポッポ

中国が主導する国際金融機関アジアインフラ投資銀行(AIIB)に慎重な姿勢を崩さない日本。「早く参加しないと締切っちゃうよ。G7の英国やドイツなどみんな入ってくるよ。アジアはこれから大きなインフラ事業があるから参加してないと入札競争もなにかと不利なんじゃないかな。グフッ」。非公式ながら中国のこうした打診に思いは千々に乱れ同盟国アメリカの顔色をうかがうも起死回生の回答は返ってこない。「こっちもそれどころじゃないよ。裏のキューバと仲直りしたばかりだし…。おたくとのTPP交渉だってまだ細部で詰めるとこあるでしょうよ。あー忙しい」。「G7の仲間たちで話しあってたのに英国が勝手に参加を決めて、それを説得に行ったドイツまでミイラ取りがミイラになっちゃって…。ぐずぐずしてるとこっちがバスに乗りおくれるんじゃなかろうか…」。慌てて飛び乗りも危険だし…。

 

 

1429号記者ポッポ

入学式のシーズンだ。なかでも微笑ましいのが小学校の入学式だろう。純真無垢な児童が体の半分を覆うようなランドセルを背負って学校での共同生活を学ぶのだ。入学式の前の晩は、不安と期待で眠れない。「出来れば家でずうっと遊んでいたい」のだが、周囲の雰囲気がそれを許さない。担任の先生は、子供にとっては絶対の権力者、いやそれ以上、神様のような存在…。となりの机に座る子はどんなだろう。幼稚園のときにいたお節介なうるさい子だったらいやだなぁ…。早く休みが来るといい。夏休みは長いらしい。記者の入学式は、こんな感じだったが学校大好きと云う子供ももちろん大勢いた。どの子供にとっても入学式は新鮮で一大行事だ。中学になると知った顔の仲間がいて楽しみもあるが新鮮味には欠けた。高校になると顔のニキビなど気にしながら先生の訓辞を聞くのだが、どこまで頭に入っていたか…。

 

1428号記者ポッポ

昭和の初期、男子100㍍でスタートの速さは当時世界一と云われ〝暁の超特急〟と呼ばれた吉岡隆徳も天国で驚く桐生祥秀(東洋大)の9秒87の快記録。競歩の鈴木雄介(富士通)と云い、このところ陸上界が元気だ。9秒台の記録をまだ伸び盛りの19歳で出したその将来性に賞賛と期待が高まる。記者もかつて9点台をたたき出したことがあるが、それはグリコA1Cで桐生選手の栄誉とは真逆の位置にいる。桐生選手の記録はアメリカ・テキサス州の競技場だったが、記者のそれは病院の一室。「ありゃりゃ、血糖値が随分上がってますねェ…」と医者が渋い表情。(筋金入りの糖尿で、きのうきょうなった駆け出しとは訳が違うなどと普段豪語してるから、てっきり自己管理してると思ったらこのザマだ…)と思っているのじゃないだろうか。後ろの看護師もきっと冷たい視線を送ってるに違いない。きまり悪い記録である。

1427号記者ポッポ

前号の続きだが、俳句を詠む才能はないが奥の細道をトボトボと歩くことは出来るだろうと自惚れていた。恥ずかしい。当時、日光街道の先の路は満足に整備もされていなかったろう。一日で五〇㌔㍍も歩くというのは競歩選手でもない限り今では現実離れしている。芭蕉の健脚が特別だったのだと思い、東海道中膝栗毛の弥次喜太お伊勢参りを参考にしてみた。お江戸日本橋を七ツ立ち(朝四時出発)して戸塚宿の旅籠に泊まるまでの行程は一〇里半、四二㌔㍍である。一九創作上の人物とは云え、弥次喜太でさえ一日一〇里も歩いている。当時の事とてニケとローマ字表記した運動靴などない。粗末な草鞋(わらじ)を何足も履き替えながらの道中だったろう。飛行機はもちろん電車やバスも走っていない。歩くしかないのだ。人間の体は本来その位歩けるように出来ているが使わない事で機能は益々衰えてゆく寸法だ。

1426号記者ポッポ

46歳の芭蕉が江戸深川から奥の細道行を始めたのは元禄2年3月27日。千住、日光を経て白河の関を通り仙台、平泉から日本海側の酒田に回ると海岸沿いを一気に南下した。全行程600里、2400㌔㍍を150日で踏破すると云う競歩の鈴木選手も驚くばかりの健脚だった。梅雨どきの同年5月4日は早朝宮城県の白石を出発すると夕刻には仙台に着いた。道の悪かろう雨の中を52㌔㍍も歩いている。研究と改良を重ねた高性能運動靴などは当時ないから草鞋(わらじ)と云うものを何度も履き替えながら歩いたものと思われる。実は、記者も以前から芭蕉の歩いた奥の細道を踏破しようと毎年GW週間に計画を立てたが「なんだか足が痛い」「頭が重い」だのと理由をつけている中に、とうとう芭蕉が歿した歳を超えてしまった。「芭蕉翁」などと呼ばれていた俳人松尾芭蕉だが病歿したのは意外に若く50歳だった。

1425号記者ポッポ

カキン、コキンとグラウンドにノックの音が響きわたる球春到来か。市の野球協会から、今年度の春季試合日程表が送られて来た。冬物のコートが重たく感じられる頃となって春も本番と云える。プロ野球では中日に今年50歳の山本昌投手が現役で頑張るが、大リーグでは過去にサチェル・ペイジという伝説の黒人投手が59歳まで投げた。純粋にスポーツとして楽しむ市民野球なら還暦過ぎても選手として参加が可能か。アマチュアといえども勝敗にこだわるチームもあるだろう。スピード、体力に優る若い選手と一緒は気がひける。やがて高齢者専用リーグなどが誕生する時が来るかもしれない。テニスやサッカーのように常時体を動かしている球技ではない。外野手などは静止している時間が比較的長い。プレイの合間に呼吸を整える時間もありそう。骨折の危険防止のため、ベースへのスライディングは禁止とすべきだろう。

1424号記者ポッポ

振り込め詐欺は、手を替え品を替え老人の意表を突いてやってくる。若いうちなら、「また働けばお金は貯まる。高い代償を払ったがこれも厄落とし」と考えればあきらめもつくが…。老後の資金を騙し盗ろうとする輩の行為は卑怯で許し難いものがある。市内でも振り込め詐欺を未然に防いだ銀行員やコンビニ店員に野田署から感謝状が贈られた。「金が無ければ哀しいかな孫も寄りつかない拝金主義」の世の中で、その大事な金を子の名を語って騙し盗ろうとするのは弱い者いじめの卑怯者の所業と云わざるをえない。今回は地域ぐるみで犯罪を未然に防いだが、被害件数は増えるばかり。本紙投稿川柳にも〈天国の息子が金無心〉。「物価は上がり年金はかつお節を削るように心細くなり子もいない。さあ、詐欺師ども、隙があったらどこからでもかかって来い!」と犯人の顔が見えれば力強く宣戦布告する気力も湧くが…。

 

1423号記者ポッポ

GWの頃には米国とのTPP交渉も大筋合意の見込みらしい。そのTPPとは縁つづきでも何でもないPPKについて考える齢になった。PPKとはピンピンコロリの法則のことである。亡くなる直前まで元気で生きると云うことだが、そのためには不本意ながら薬の助けが必要だ。医者の処方せんにより薬局から丁寧な説明付きで渡される食前・食後服用とさらに就寝前服用の経口剤に加え、食間に服用する漢方薬が日に三度。春節で大拳来日の中国富裕層「爆買」を彷沸とさせる薬の「爆飲」で三度の食事が細くなる。食は細くなっても体型に変化が出る程ではない。けなげなことに体内細胞が摂取したカロリーを外に逃がさぬよう必死に消費の節約に励んでいるのだろう。「貯めこむばかりが能じゃない。たまには思いきって消費してもいいんだよ。アベノミクスに貢献は出来ないが…」とポッコリした腹を撫でてみる。

 

1422号記者ポッポ

桜が咲く頃までにもう一、二度雪が降るかもしれない。身も心も財布の紐も委縮する寒い二月は出来れば無くていい。桜咲く三月下旬から生温かい五月菖浦湯に浸る頃合いが暮らすうえでの年間最高シーズンだろうか。さらに加えるなら金木犀の香りが放たれる九月下旬から北の方で紅葉を迎える十、十一月辺りまでで年間ローテーションを回せる時代は来ないものか。「春と秋だけで一年をやり過ごそうとは身勝手はなはだしい。選考から洩れた燃え立つような陽炎の夏と凍りつくような寒さの冬の処遇と云うか身の置きどころはどうする」と云った問題も残る。無理を承知でプロ野球ローテを例にとれば過去に権藤、権藤、雨、権藤と云う中日狂気のローテや西鉄稲尾の日本シリーズ五連投と云うのもあるから、一年を杓子定規に十二ヶ月平等に動員することもないのだが…。そんな思いにさせるこの頃の寒さだ。

 

1421号記者ポッポ

日頃少なからず好意をもっている男性に女性からチョコレートを贈ると云う日本独自の習慣を根づかせた「バレンタイン・デー」。中小企業のチョコレートメーカーが新宿のデパート地下食品売場の片隅で試みに売り始めた頃は、誰も見向きもしなかった。当初は「なぜ、チョコレートを贈る必要があるのか。意味わからん…」と売らんかな主義に見えた商法も三〇年、四〇年以上の歳月を経て今も「意味わからん」部分はあるものの、商店に色とりどりのチョコレートが陳列されれば女性でなくても買ってみたくなる。すでに日本の伝統風習となっている。「今年の恵方は西南西」の恵方巻も、虎視眈眈とチョコの後を追っている。いずれにしても商業の活性化に繋がるならそれに来したことはない。一年十二ヵ月。各月でこうした行事が出て来るようになればアベノミクスより経済成長は確かなものとなるのでは…。

 

1420号記者ポッポ

「立春」が過ぎても春はまだ土の中奥深く寝たきりでいる。いまだ起きて立とうと云う気配は感じられない。地上では「春一番」の出番を前にどけどけとばかりに北風が吹き雪が舞う。去年の二月のような天候ではないことを祈るばかり。日本は何と云っても言霊信仰の国である。左右対象の四文字「立春大吉」と墨痕鮮やかに札にしたため、それを声に出して読み、フウッと息を吹きかけたのち自分の部屋の片隅にでも貼っておけば霊験あらたか厄除けのお守りになるらしい。景気も病気も気分からだ。「今年は春から縁起がいい」と声に出して云ってみよう。そう云えば年末ジャンボ宝くじも当っていたが、忙しくてまだ換金していないのだった。連番で十枚買えば誰でも三〇〇円は当る仕組みだなどと思ってはいけない。「俺ってラッキーボーイかな。いやラッキー爺いかな…」と前向きにポジティブに生きてみよう。

 

 

1419号記者ポッポ

目標額を定めて始める貯金は最初のうちが苦しく、やがて目標額の半ばを過ぎた頃には満足感も伴って加速度的に勢いを増し、あとは楽々達成できるものだと云う話を昔聞いたことがある。その意味では、年齢を重ねることも貯金と似ている。0歳から十歳になるまでの十年間の長さはどうだ。クリスマスのプレゼントやお年玉を受け取る楽しみだけで生きていたようなものでそれ以外のことは漠として殆んど記憶にない。十歳からの十年間も長い。小学生から成人式を迎える期間はだれの自分史もそれなりに波瀾万丈の人生模様が描かれる。その後、歳を重ね三十路、四十路の坂を越えたあたりから視界は単調な平原を往くように過ぎ、高齢者の域に近づくと一年はまたたく間で、「今年もあと十一ヶ月か…」と独りつぶやいたりする。貯金が目標額に近づけば嬉しかろうが、齢が健康寿命に近づくのはさほどの満足感ではない。

 

 

1418号記者ポッポ

 

宗教への冒瀆か表現の自由か。風刺画を載せたフランスの新聞社が襲われそのスタッフ、関係者らが命を奪われた。風刺画を描いて相手を皮肉ることは痛快だが、テロや戦争に発展する危険も。明治の初期、お顧い外国人として日本に招かれたフランスの風刺画家ジョルジュ・ビゴーは、当初二年の滞在期間を過ぎても帰国せず日本で暮らした。検見川村稲毛にアトリエを構へ日本人女性と結婚した。だが、日本及び日本人を描くその筆は鋭い。つり目で出っ歯の貧相な容姿と非近代性を強調することで当時日本が諸外国と結んでいた不平等条約の改正は時期尚早だと云いたかったのである。この風刺画も命懸けのものだった。警察からの監視や壮士に斬りつけられる危険と隣りあわせの日々だ。日本人の生活風習を描いてもある程度の危険は覚悟しなければならない。ましてや日本とは宗教観の異なる欧米中近東では…。

 

 

1417号記者ポッポ

〈かすむ日に寝正月かよ山の家〉と小林一茶は詠んだ。〈静けさや寝正月だよ俺の家〉と記者も駄句を詠んでみた。寝GWや寝盆休みは、どこか怠情な生活ぶりが仄めいて見苦しいが寝正月なら許していただけるだろうか。いくつになっても年末年始の連休は楽しい。学生の頃の冬休みも楽しかったが、あの頃は忙しなく遊び回っていた記憶しかない。若いエネルギーの発露を学問に向けることもなく、それこそ寝る間も惜しんで遊んだ。「遊べるのも若いうちだけだからなあ」などと訳知り顔で云いながらだ。この齢になって老婆心から新成人に云わせてもらうなら、人間遊び心はいくつになっても衰えることはない。だから安心して今は一生懸命学んでおくべき時期ですよと。もっとも、元来蒲柳の質でアウトドア派とは縁のない生き方をしてきた身のアドバイスが万人の若者にあてはまるかどうかはさておき。

1416(元旦)号記者ポッポ

あけましておめでとうございます。2015年は、終戦から70周年にあたります。隣国では抗日勝利70周年と云うことで華々しい式典が予定されています。アメリカによって一敗地にまみれた感がありますが、実は世界を敵に回して連合国側に敗れたわけです。終戦のドサクサに紛れてソ連も攻めてきましたから四面楚歌の状態となっていました。戦時中、出征兵士を送りだした銃後の民は窮乏生活を余儀なくされましたが最初の頃は、「贅沢は敵だ!」「欲しがりません勝つまでは」のスローガン掲げて頑張りました。そのうち、空から焼夷弾が降ってくるようになるともはや内地も銃後ではなく戦場と変わらない有様に。疲れきった国民の勝った負けたはどうでもいい。早く戦争を終わらせたいという思いが「敗戦」ではなく「終戦記念」とさせたのでしょうか。静かな正月、コタツに入ってミカンを食べられる生活が平和な証しかと。

1415号記者ポッポ

 

 

今年の漢字に選ばれたのは「税」。もとは、貢物の意味で弱者が強者に献上する品物のことらしい。消費税増税が相当堪えた結果か。政府の思惑どおりに景気回復とはゆかず、ほぼ本決まりだった消費税10㌫が延期となった安倍首相は「アベノミクス効果を全国津々浦々まで行きわたらせる途中の段階。良くなるのはこれからですからね」とその自信は揺るがない。もっとも国を主導するリーダーが自信喪失した言動を示せば、国民の不安は増大するばかりだからそれはそれでいい2017年4月には消費税10㌫が実施される。それまでには全国津々浦々までアベノミクス効果が浸透すると云う自信と受けとりたい。円安で輸出企業は一息つき、誰が買っているのか株価は上昇を辿る。これらの現象は庶民とは縁遠いものだがアベノミクスとは無関係の原油安によるガソリンや灯油代の支払いに僅かばかりの恩恵を感じる。

1414号記者ポッポ

明日14日は「衆院選投票日」そして旧暦では赤穂義士「討ち入り」の日にあたる。兵庫県赤穂市で毎年行われる「義士祭」では市職員200人が動員される一大イベントと重なる。祭りの当日に投票日が重なって、職員の間からは「なんで14
日なの。他の日じゃだめなの…」「義士祭を新暦でやることがおかしい。旧暦で12月14日と云うことは新暦で1月末のことでしょう」「義士祭は百年続く伝統行事だ。旧暦だろうが新暦だろうが12月14日討ち入りでカレンダー業者にも通達済みだ」と云ったようなやり取りが聞こえてきそう。一方、愛知県西尾市でも14日は、地元で名君と評判の高い吉良上野介義央の「毎歳忌法要」の日。「可哀相に寝込みを襲われて悲業の死を遂げた殿様…」と法要と投票の狭間で市民の思いは千々に乱れる。そんな慌しい市に比べれば野田市民の投票環境は恵まれており、高い投票率が期待される

1413号記者ポッポ

 

たばこ屋に看板娘がいなくなって久しい。ポツリポツリとたまに来る客に費用対効果の観点からも看板娘は置いとけない。留守番ぐらいは犬猫でも出来るらしい。犬がたばこ屋の留守番を務める風景が世界の話題に。この犬の愛くるしさはともかく、勘定のやり取りまでは犬猫に出来ない。このニュースはあくまで犬絡みの話題であり、たまたまそれがたばこ屋だっただけの話で、喫煙者対応は犬猫で十分と云ってる訳ではなかろう。たばこを喫わない人には微笑ましい話題だが、喫煙者は苦笑せざるを得ない状況だ。売る側のたばこ屋にもはや販売気概はなく、毎年一兆円単位で増え続ける社会保障費の原因の一部に喫煙があると断じられては買う側も自然と腰が引けよう。たばこによる税収は年二兆円あまり。消費税一㌫分に過ぎないことを考えれば、国はたばこをご禁制品として扱う時期にきているのではないか。

 

1412号記者ポッポ

円安主導で株価は上がり、海外からの観光客も大幅増加で賑わいを見せるが、大方は未だ「アベノミクス効果」の恩恵に浴していない。それが証拠に消費税上げたくても上げられない今の状況。地方の経済は沈滞しているというが野田市は千葉県であり一人勝ち東京の影響を受けてもいい首都圏に位置する。「今に来るかな?アベノミクス…」「もう来るでしょ。いくらなんでも…」で何年経ったことか。今年もどうやらサンタクロースに先を越されてしまいそう。じゃあ、アベノミクスに代わる景気対策はあるのか。それを見極める衆院選だ。税金700億円も使うのだから投票権は無駄に出来ない。「アベノミクスは成功だったのか」と問われて首を捻り、「じゃあ、失敗だったのか」と問われてさらに首を捻って昔の映画「エクソシスト」のような状態になった首で投票する選挙戦と云うことになろうか。

1411号記者ポッポ

 

 

まだ学生運動が盛んだった頃映画界では斜陽の東映時代劇に代わる任侠路線で「死んで貰います!」の高倉健が鋹幕スターとして脚光を浴びた。文化大革命後まもない中国でも剛毅朴訥な演技は人気を集め、日本を代表する映画俳優だった。学生の頃、借りていたアパートの部屋に学生運動の女性闘士がオルグにやって来たことがある。壁に貼った高倉健の着流しポスターを見て「フーン。○○君って高倉健が好きなんだ…」と呟いたあとべ平連がどうとか全学連がこうとか話していたが、こちらは学生運動に興味も関心もなかった。畳に指先で「の」の字を書きながら(オルグ活動とは云え、夜男一人の部屋に入って来るのはどうなんだろう…)と上の空で相手の話しなどさっぱり頭に入って来なかった。そんな二十前後の青二才がやがて高齢者になろうかという長き歳月を重ねて「健さん」は遂に旅立った。享年八十三。

 

 

 




 

 

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